ジャカルタは、ジャワではない。 世界地図を開くと、シンガポールの南に、ジャワ島と書かれた島がある。ジャワ島の西にある町、人口7百万の大都会がジャカルタだ。しかし、「私の田舎はジャワ」だと語る人々にとって、ジャカルタは、ジャワではない。本当のジャワは、この島の東の地域だ。 ジャカルタの町では、優しくて丁寧なジャワ語を聞くことはほとんどない。各地から働きに出てきた人々が、生活に追われ、明日の仕事を見つけるために走り回っている。この町には、スンダの人々が多い。だが、使われる言葉は、スンダ語でもなけでば、ジャワ語でもない。多民族国家を統一するために作られたインドネシア語である。インドネシア語は、スマトラ島のメダン地方の言葉を中心として造られた。インドネシアの人々にとっても、学校で勉強する言葉のひとつである。自分達も覚えた言葉を勉強しない外国人は、怠け者と思われる。 ジャカルタの文化を支えているのは、スンダの文化である。「ジャイポンガン」と呼ばれる踊りは、日本の盆踊りに聞こえる。スマトラの文化も、数多くの料理として、この町に根付いている。 (こういう書き出しの小説を書いてみたかったのだが・・・面白くないかぁ) インドネシア語は、難しい言葉ではないが、ジャワ語は、強烈に難しい。相手との関係で、使われる言葉が違う。インドネシアでは、ジャワ語が話せないと上流階級には入り込めない。そこで、インドネシア人でも、上昇指向を持つ男達は、ジャワから奥さんをもらって、ジャワ語を学ぼうとする。 ジャワで一番大きな町はスラバヤである。スラバヤの仕事が一段落して、私は空港に向かっていた。飛行機の時間が迫っていた。運転手は、普通の道を100km以上のスピードでとばす。舗装もされていない道で、車は大きくはねる。ワゴン車は、車体をきしませながら走っている。助手席に座った私は、窓枠のベルトに必死にしがみついていた。 その時、一台の車が、土煙をあげながら追い抜いた。運転手は、「俺の前は誰も走らせない」とばかりに、さらにアクセルを踏みしめる。ごうごうと土煙と、振動が取り巻く。その時、反対車線から車がはみ出した。ガシャ~ンという大音響とともに、追い抜いた車が吹き飛んだ。真正面からの衝突だった。2台の車は、見事としか言いようがないほど、前後に潰れていた。 運転手と、ふと顔を見合わせた。手のほどこしようがない状態だ。「負けたから助かったんだよ」と私。そうだなと運転手が答える。一瞬の停車の後、彼は、前と同じように猛スピードで走り続けた。 空港のカウンタに着いた時、既に搭乗手続きは、ほとんど終わっていた。私は、持っていたアタッシュケースをポ~ンとカウンタの上に放り上げた。切符を出すためにアタッシュケースを開ける。留め金をカシャと外す。そこまでは、格好良く決まった(!)はずだった。 片方の留め金は外れたが、もう一方の留め金が外れない。ガタガタと何度やっても同じだ。困ったなあと思う。カウンタの向こうの彼女たちが笑い始めた。「それ、開かないわよ。諦めたら」。そうはいかない、こっちは、命懸けで間に合ったのだ。何度も、がしゃがしゃ。完全に格好悪い。番号を合わせる方式の鍵で、番号がずれてしまったようだ。「もう飛行機が出るから、次の便にしてね」、チェックインカウンターが閉まった。 こうなったら覚悟を決めるしかない。小さな食堂に落ち着くと、まず食事を注文した。真っ黒な料理(また、名前を忘れてしまっている・・・メニューを見たり、名前を言われると思い出すのだが・・・歳と共に記憶があやふやになって行く)。それから、おもむろに、数字の鍵をまわし始めた。000から999までだから、1000回試せば、何とかなる。数字を合わせては、カチャ、数字を合わせてはカチャ。単純作業を繰り返した。幸いだったのは、前半でガチャリと開いたからだ。いいかげん嫌になりかけていたから、後半に到達する前に、カバンを壊し始めていたかも知れない。 次の便に乗って、ようやくスラバヤからジャカルタに向かうことが出来た。最近のスラバヤは、都会になって、何でもあるそうだ。しかし、私が居た頃のスラバヤは、人口は多いが、巨大なる田舎であった。都会の空気に飢えていた。多少可愛いお姉ちゃんも、ジャカルタなら期待できる。 ジャカルタに着くまで、わくわくしていた。さぁ、遊ぶぞ!と心の中で叫んでいた。当時の国内線は、クマヨラン空港に着いた。この空港は、ジャカルタ市の、まさに中心部にあって、最高に便利であった。しかし、人口が爆発して、急激に経済成長を続ける都市で、町の中心部にある広大な面積が、空港として生き残れるものではない。今では、町の北西にある国際空港と一緒になっている。 遊ぶぞ、まず、どこへ行こうかな。楽しそうな想像を一杯して、飛行機を降りた。そして外へ出た。あっ!。そこには、カミさんが待っていた。日本に居るはずなのに・・・。エッ!。あっ!。あ~ぁ・・・あいしてる。
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